「野心無き者は去れ」が大学教育の掟だ
その伝で行くと多くの大学の物理教師は去らねばならんw
おまけにたいていの現場では大学に残る者以外は放ったらじゃしじゃがな、ほい。物理教育者かどうかさえ怪しいじゃねえか、グラショウなんかと比べても。グラショウは「基礎部分に幾つかの無限大が残っているということは女生徒が妊娠しているのと同じで大変なことなのである」などと比喩しているが、なるほど心優しい教育者でもあったことがうかがえるではないか、ほい。
日本の大学教育はその両面において失格じゃがな、もし!
でー、ワシに言わせるとそこは「基礎部分においてエネルギー保存が破られているということはうんぬん」「微細構造定数の定数性がおびやかされているということはかんぬん」だって同じことなんじゃぞ、正味。W粒子の出現によってbクォークがtクォークにまで遷移してCPが破られることも無ければ、グルーオンによってハドロンが中性崩壊することも無い、それが現実なんじゃぞい。
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