ユニバーサルフロンティア理論は世界を救う

世界初のデジタル宇宙を主張するユニバーサルフロンティア理論のブログです。素粒子標準模型の幻惑から世界を救うことを目標としております。

私が神戸大学を出て良かったと思うことは半端者だったことです

やまのかずひさ
なんかね、成績順の物事を差別の一種だと思う人が多かったりするわけですけどねw

 基本的に成績とか言う指標は差別ではございませんねん。その証拠にというワケじゃございませんけど、私は成績が良過ぎなかったからこそ生きて来れたのでしたよ。じつは80年代バブル経済の物事は「中堅の時代」という言葉によって語られていました。成績は中くらいの方がバーサタイルだというワケですね。近隣の大学名で述べていけば、当時は大阪大学が「成績世過ぎの刑?」でワリを食っていた時代で、ひょっとしたら今でもかも知れないですけど「阪大を出たら中学校は受からない」と囁かれていたのです。

大学院を出ては高校に受からず、学部で中学に受からない、それが阪大だと・・。

 大阪市大だと、まだ恵まれていまして、工学の大学院を出て中学に受かったりしていたらしいです。ですから神戸大学や大阪市大までは中堅に入れていただけていたのですよね、大阪大学は専門性で生きるほかなかったという話ですが、不思議な人事だったと存じます。私は新卒1年目には落ちたのですよ、それでも、で、その時の二次試験の成績は良かったはずです、覚えておりますから、で、2年目には筆記試験が難解になって私もボロボロだったのです、が、受かりました。

ある意味ムチャクチャだったんじゃないでしょーか、あの時代!

 1年目にすべって講師に成ったのでその仲間がいたわけですけど、その中の一人に阪大卒の社会科の先生がおりましたが、そして「全分野90点取ってやるんだ」と張り切って勉強しておりましたが、結果は駄目だったみたいです。



(とにかく私の思い出はむしろ半端者で良かったという馬鹿話になるんですがな・・)