ユニバーサルフロンティア理論は世界を救う

世界初のデジタル宇宙を主張するユニバーサルフロンティア理論のブログです。素粒子標準模型の幻惑から世界を救うことを目標としております。

カリー命題も嘘つき命題も矛盾だとはどういう意味か?

やまのかずひさ
読み返してみると気持ちが甦らなくてちんぷんかんぷんだったりします!

「カリー命題も嘘つき命題も共に矛盾だから~」なんてくだりとか、なにしろ既成論理が別に存在していてテーゼであるのはわかってる上でやってるものですから自己理解に苦しんだりするのですよ。

仕方がない、もう一度、再構成(リストラ?)して行かねば・・・。

(なにしろ リストラ=restructuring=構造改革 ですからね?)

ええ~っと・・
自己言及文「この文は正しい」
は
ゲーデル命題風に書き直したら
命題A「Aは正しい」
だったですよね!

次に、
この否定形は
命題¬A「Aは間違い」
とやるところを嫌って
自己言及文「この文は間違い」
を
ゲーデル命題風に書き直した
命題¬A「¬Aは間違い」
でした・・。

するとアッと驚くことには A=¬A

なんとならば
「Aは正しい」
と
「¬Aは間違い」
は
まったく同じ意味だからです!

ゆえに
いずれも矛盾していて
だから

嘘つき命題「この文が間違いならばあーだこーだ」
も
カリー命題「この文が正しいならばあーだこーだ」
も
両方とも同様に F⇒あーだこーだ

論理学では矛盾からはすべてが導かれますので否定しようがなくなるのです。

こうなると逆に
カリー命題が言いたいことが否定されなくなることの理由にはなっているのですけど
嘘つき命題が同じように内容が合理化されてしまうというのは
聞いたことがありません!

しかし

私が編み出した言語解析術によりますればこうなのですから私は自分自身を否定し去ることはできない相談なのです。

もう少し真面目風に終わりたいところでしたけど今日のところはここまでにしておきます!